2021年12月28日火曜日

先人たちの底力 知恵泉  「大田南畝 “豊かに生きる”働き方を!」

 先人たちの底力 知恵泉  「大田南畝 “豊かに生きる”働き方を!」が12月28日に放映されました。

副業の狂歌で大ブームを起こし、収入を得て本業もまた出世して行く大田南畝の生き方を解説する内容でした。

2021年12月27日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #289「井原西鶴が見た!江戸時代の大晦日」

 にっぽん!歴史鑑定 #289「井原西鶴が見た!江戸時代の大晦日」が12月27日に放映されました。

井原西鶴が元禄5年(1692)に刊行した「世間胸算用」の内容を解説する内容でした。江戸時代の大晦日、町は借金取りだらけで、借金取りとお金を返せない庶民との攻防戦は面白かったです。

2021年12月22日水曜日

【英雄たちの選択】明治日本を襲った試練 〜伊藤博文とロシア皇太子襲撃事件〜|なぜ日本は戦争を回避できたのか

 英雄たちの選択「明治日本を襲った試練 〜伊藤博文とロシア皇太子襲撃事件〜」が12月22日に放映されました。


もし、この事件の対応を一歩間違えていたら、 日本は明治時代の早い段階でロシアとの戦争に突入していたかもしれません。

1891年、 後にロシア皇帝となる皇太子ニコライが来日中に襲撃される事件が発生します。

いわゆる 「大津事件」 です。

日本の警察官が外国の皇太子を切り付けるという前代未聞の事件でした。

当時の日本は近代国家として歩み始めたばかり。

欧米列強と対等な関係を築こうとしていた時代です。

もしロシアが報復に踏み切れば、 日本は国家存亡の危機に陥る可能性がありました。

その危機の最前線で対応したのが、 後に初代内閣総理大臣として知られる 伊藤博文 でした。

なぜ大津事件は発生したのでしょうか。

なぜロシアとの戦争は回避できたのでしょうか。

そして伊藤博文は、 どのような決断を下したのでしょうか。

NHK「英雄たちの選択 明治日本を襲った試練 〜伊藤博文とロシア皇太子襲撃事件〜」では、 明治日本最大級の外交危機と、 その裏で繰り広げられた政治判断に迫っていました。


この記事でわかること

  • 大津事件とは何だったのか
  • ロシア皇太子ニコライとはどんな人物か
  • なぜ事件が発生したのか
  • 伊藤博文が直面した外交危機
  • 司法と政治が衝突した理由
  • 大津事件が日本の未来を変えた理由

3分でわかる大津事件

  • 1891年に滋賀県大津市で発生
  • ロシア皇太子ニコライが警察官に襲撃された
  • 日本政府は国家的危機に直面した
  • 伊藤博文らが謝罪外交を展開した
  • 司法が政治圧力を退けた
  • 日露関係に大きな影響を与えた

大津事件とは何だったのか

1891年5月11日。

滋賀県大津市を訪れていたロシア皇太子ニコライが、 警察官・津田三蔵によって切り付けられました。

幸い傷は浅く、 命に別状はありませんでした。

しかし被害者は一国の皇太子です。

しかも世界最大級の大国ロシア帝国の後継者でした。

日本中が震撼する大事件となったのです。


ロシア皇太子ニコライとは誰か

後のロシア皇帝ニコライ2世

ニコライはロシア皇帝アレクサンドル3世の長男でした。

後にロシア最後の皇帝ニコライ2世となる人物です。

世界一周旅行の途中で日本を訪れていました。

日露友好の象徴だった

皇太子来日は、 日本とロシアの友好を深める重要な外交行事でした。

その最中に事件が起きたため、 事態は極めて深刻になったのです。


なぜ明治日本は慌てたのか

相手は超大国ロシア

当時のロシア帝国は世界有数の軍事大国でした。

一方の日本は、 近代化を進めていたとはいえ発展途上国です。

戦争になれば勝ち目は薄いと考えられていました。

国際社会の信用問題

日本は不平等条約改正を目指していました。

外国要人を守れない国という評価を受ければ、 外交的な打撃は計り知れませんでした。


伊藤博文はどう対応したのか

徹底した謝罪外交

内閣の中心人物だった伊藤博文は、 ただちに危機管理に乗り出します。

政府関係者を総動員し、 ロシア側への謝罪を進めました。

事態をこれ以上悪化させないことが最優先だったのです。

明治天皇も行動した

明治天皇自身も見舞いを行いました。

異例ともいえる対応でした。

国家の総力を挙げて関係修復に取り組んだのです。


司法と政治が衝突した瞬間

政府は死刑を望んだ

政府首脳は犯人・津田三蔵に極刑を求めました。

ロシアへの誠意を示したかったからです。

しかし問題がありました。

法律上は難しかった

当時の法律では、 外国皇太子襲撃を天皇への反逆罪と同じように扱うことは困難でした。

そこで裁判所は法に基づく判断を行います。

政治の期待とは異なる判決でした。


児島惟謙の決断

司法の独立を守った男

この事件で重要な存在となったのが、 大審院長の児島惟謙です。

政府からの圧力にも屈せず、 法に基づいた判断を貫きました。

結果として死刑は適用されませんでした。

近代司法の試金石

この決断は、 日本の司法の独立を示す歴史的事件として評価されています。

単なる外交事件ではなかったのです。


なぜロシアは戦争を選ばなかったのか

日本の迅速な対応

政府、 天皇、 国民が一体となって謝罪姿勢を示しました。

その姿勢はロシア側にも伝わります。

ロシア側の事情

ロシアにとっても、 ただちに戦争を起こす利益は大きくありませんでした。

結果として外交的解決が選ばれます。

日本は最大の危機を乗り越えたのです。


事件は日露戦争につながったのか

ニコライの対日感情

しばしば、 大津事件が後の日露戦争の原因になったと言われます。

確かにニコライは事件を忘れなかったとも伝えられています。

しかし単純ではない

日露戦争の原因は、 朝鮮半島や満州を巡る国際政治にありました。

大津事件だけで説明することはできません。

ただし両国関係に影を落としたことは間違いありません。


伊藤博文が学んだ外交の現実

感情ではなく国益

伊藤博文は、 欧米列強を相手にした外交の難しさを痛感しました。

感情的な反応ではなく、 冷静な国益判断が必要だったのです。

近代国家への試練

大津事件は、 日本が近代国家として国際社会から試された事件でもありました。

危機管理能力が問われたのです。


もし大津事件が違う結末だったら?

ロシアとの軍事衝突が起きていたかもしれません。

条約改正交渉も頓挫した可能性があります。

さらには明治日本の近代化そのものが遅れていたかもしれません。

それほど重大な分岐点でした。


英雄たちの選択が描いた本当のテーマ

番組が描いたのは暗殺未遂事件ではありませんでした。

国家危機において何を優先するのかというテーマです。

謝罪か。

法の支配か。

国益か。

伊藤博文たちは、 極めて困難な選択を迫られたのです。


伊藤博文から学ぶ3つの知恵

① 危機では冷静さを失わない

感情ではなく事実に基づいて判断しました。

② 国際感覚を持つ

国内事情だけでなく世界全体を見ていました。

③ 最悪を想定する

危機管理では楽観論を排しました。


現代人が学ぶ教訓

  • トラブル発生時は迅速に対応する
  • 問題を放置しない
  • 法と感情を区別する
  • 長期的な視点で判断する
  • 信頼回復を最優先する

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まとめ|大津事件は「明治日本最大級の外交危機」だった

1891年の大津事件は、 一人の警察官による襲撃事件にとどまりませんでした。

近代国家として歩み始めた日本が、 国際社会から試された瞬間だったのです。

伊藤博文の危機管理。

明治天皇の迅速な対応。

そして児島惟謙が守った司法の独立。

それらが重なり、 日本は最悪の事態を回避しました。

NHK「英雄たちの選択 明治日本を襲った試練 〜伊藤博文とロシア皇太子襲撃事件〜」は、 外交危機と法治国家の原則が激しくぶつかった歴史的事件を描いた非常に興味深い内容でした。

大津事件が教えてくれるのは、 危機の時代ほど冷静な判断と法の支配が重要だという普遍的な教訓なのです。

2021年12月21日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「“オリジナリティー”って何だ!? 中村八大」

 先人たちの底力 知恵泉「“オリジナリティー”って何だ!? 中村八大」 が12月21日に再放映されました。

黒柳徹子が語る “自分だけの音楽”を求め続けた中村八大さんのエピソードが楽しかったです。

2021年12月20日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #288「若武者 武田信玄」

 にっぽん!歴史鑑定 #288「若武者 武田信玄」が12月20日に放映されました。


武田信玄の初陣や父・信虎の追放など若き日の武田信玄のエピソードを紹介する内容でした。

2021年12月15日水曜日

歴史探偵「忠臣蔵 世紀の“劇場型”事件」

歴史探偵「忠臣蔵 世紀の“劇場型”事件」が12月15日に再放送されました。


忠臣蔵の仇討ちが成功したのは黒幕がいたという視点で解説されました。吉良邸が江戸城から離れた不可解な引っ越しを命じられるなど幕府が黒幕だったという結論でした。

英雄たちの選択「悲運の天才・菅原道真~なぜ怨霊は神となったのか~」

英雄たちの選択「悲運の天才・菅原道真~なぜ怨霊は神となったのか~」が12月15日に再放映されました。




学問の神様として敬われると同時に日本三大怨霊でもあります。先代の宇多天皇に重用されて、次代の醍醐天皇から疎まれて左遷されました。後の時代の本多正純が初代将軍の徳川家康から重用されて、二代目将軍の徳川秀忠に罷免されたのに似た話です。

出世し過ぎることを父親から心配されていたことも相通ずるところがあります。

2021年12月14日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「武田信玄の“働き方改革”!」

 先人たちの底力 知恵泉「武田信玄の“働き方改革”!」が12月14日に放映されました。


戦が強いことばかりが強調されて武田信玄が、現在の働き方改革とも言える改革によって、鉄壁の結束を誇る家臣団を作っていったプロセスを解説する内容でした。

2021年12月13日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #222「いくらかかった?忠臣蔵」

にっぽん!歴史鑑定 #222「いくらかかった?忠臣蔵」が12月13日に再放映されました。


預置候金銀請払帳」から山本博文先生の著書の「忠臣蔵」の決算書から討ち入りに必要とされた700百両を詳しく解説する内容でした。

2021年12月8日水曜日

歴史探偵「写真で迫る真珠湾攻撃のリアル 若者たちは何を感じたのか?」

 12月8日に歴史探偵「写真で迫る真珠湾攻撃のリアル 若者たちは何を感じたのか?」が放映されました。


1941年の真珠湾攻撃の当時の写真をカラーしてよりリアルに紹介する内容でした。出撃前の湧きあ兵士たちのエピソードや一人だけ白く塗られた写真のエピソードは感動するものがありました。


昭和の選択スペシャル「1941 日本はなぜ開戦したのか」

 12月8日に昭和の選択スペシャル「1941 日本はなぜ開戦したのか」が放映されました。


1941年を時系列で追いながらアメリカとの戦争を回避出来なかったことを専門家による解析する内容でした。楽観的な見通しで決断が出来なかった実態が明らかにされました。





2021年12月7日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「葛飾北斎 ヒット作を生み出すには」

先人たちの底力 知恵泉「葛飾北斎 ヒット作を生み出すには」 が12月7日に再放映されました。


「この千年年で偉大な業績をあげた100人」に日本人で唯一選ばれた葛飾北斎が
西洋に与えた衝撃についての内容でした。

正直言って、丸パクリされた作品の多さに驚きました。
本当に偉大な人物だと思います。

2021年12月6日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #287「三億円事件は なぜ迷宮入りしたのか?」

 にっぽん!歴史鑑定 #287「三億円事件は なぜ迷宮入りしたのか?」が12月6日に放映されました。


昭和の犯罪史上最も有名な事件ですが、1968年12月10日に発生した7年後に時効が成立しています。迷宮入りした原因は警察の初動捜査のミスの連続が続いたからです。時効までに操作費用に10億円が費やされたことが衝撃でした。

2021年12月1日水曜日

歴史探偵「遣唐使 極秘ミッション」

 歴史探偵「遣唐使 極秘ミッション」が12月1日に放映されました。


遣唐使のことで知っているようで知らないことを解説する内容でした。
空海、阿倍仲麻呂、最澄などが遣唐使として中国に渡っている人では有名ですが、そのような有名な人がどうだったかを解説するのではありませんでした。
遭難が多かったイメージのある遣唐使船は居住空間が非常に狭かったですが、航海の成功率は9割以上ありました。航海のベストシーズンである8月・9月・10月では4日程度で到着しました。
唐についた遣唐使は人によっては20年間も唐に滞在するこtになり、まさに人生を掛けています。
遣唐使の最大のミッションは唐の書物の入手ですがとても高価なので、遣唐使が苦労して手に入れる姿も解説させれました。



英雄たちの選択「日本のかたちを決めた女帝 持統天皇の真実」

 英雄たちの選択「日本のかたちを決めた女帝 持統天皇の真実」が12月1日に再放映されました。


天智天皇の娘にして、天武天皇を夫に持つ持統天皇。自らの子である草壁皇子が亡くなったあとに、孫である文武天皇に皇位を継承する為に、自ら天皇に即位して日本を律令国家に導くする経緯を解説する内容でした。

2021年11月29日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #235「吉原の一日 花魁と旦那衆」

にっぽん!歴史鑑定 #235「吉原の一日 花魁と旦那衆」が11月29日に再放映されました。



1日に1000両(1億円)もの大金が動いた吉原の成立の歴史を解説する内容でした。
最初の吉原は元吉原と呼ばれて、日本橋人形町にありました。葦の茂った湿地埋め立てて造成された土地に建てられたので葦原が転じて吉原と呼ばれるようになりました。

銭湯の台頭で苦しめられましたが、江戸の街が大きくなる過程で、明暦の大火も挟み移転を命じられることになり浅草日本堤に移転されて行きました。

2021年11月24日水曜日

歴史探偵「江戸の天才たち」

 歴史探偵「江戸の天才たち」が11月24日に放映されました。


近江国友村出身で、望遠鏡などを制作した国友一貫斎と、からくり人形や万年時計で有名で東芝の創業者でもある田中久重が紹介されました。

江戸時代の天才が多く輩出された理由として江戸時代の和算ブームがあったことも紹介されました。

英雄たちの選択 選▽渋沢栄一 知られざる顔“論語と算盤(そろばん)”を読み解く

英雄たちの選択 渋沢栄一 知られざる顔~「論語と算盤(そろばん)」を読み解く が11月24日に再放映されました。


日本資本家の父としてよく知られる渋沢栄一の慈善家としての部分をピックアップする内容でした。これからの時代にも必要な考え方を持った人であるのが理解出来ました。

2021年11月23日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「金のなる布・メイドイン&オールジャパンで 絹で生キヌけ!」

 先人たちの底力 知恵泉「金のなる布・メイドイン&オールジャパンで 絹で生キヌけ!」が11月23日に再放映されました。


日本の絹産業を解説する内容でした。富岡製糸場における女工さんたちの評価法などが面白かったです。


2021年11月22日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #286「ラスト・サムライ土方歳三」

にっぽん!歴史鑑定  #286「ラスト・サムライ土方歳三」」が11月22日に放映されました。



近藤勇の死後に、五稜郭まで戦術家としての土方歳三の活躍について解説する内容でした。
宇都宮城を陥落させた戦術的手腕や、二股口の戦いでの寡兵での戦いなどすぐれた戦術家であったことは明らかなので明治の時代にも生き残ってもらいたかったと思いました。

2021年11月17日水曜日

歴史探偵「大坂の陣 幻の大洪水」

 歴史探偵「大坂の陣 幻の大洪水」が11月17日に放映されました。


大阪冬の陣の時に、豊臣方が堤を決壊させて洪水を引き起こして防衛したという内容を解説する内容でした。CGシュミレーションで詳しく解説されました。


英雄たちの選択 「野望!伊達稙宗の巨大山城 〜信長を30年先取りした男〜」

 英雄たちの選択 「野望!伊達稙宗の巨大山城 〜信長を30年先取りした男〜」が11月17日に放映されまました。


独眼竜の伊達政宗の曾祖父で、天文の乱を引き起こし、東北の大混乱に陥れた人物です。
居城を移した桑折西山城は当時として画期的な巨大城郭で戦国後期の防御施設を備えていました。
「塵芥集」と言われる171条にも及ぶ法整備を実施しました。織田信長が実施した家臣を城下に住まわせるなど30年先取りしました。
14男7女と子沢山で、次々と自分の子を周辺の大名に養子に出すなど政略結婚も展開しますが、3男を越後の上杉氏に養子に出し時のトラブルで嫡男の晴宗との間で天文の乱を引き起こし失脚しました。
亡くなった2年後に政宗公が生まれました。



2021年11月16日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「松平定信 公共性で危機を乗り切れ どうする!大借金 未来の世代にツケをのこさないために」

 先人たちの底力 知恵泉「松平定信 公共性で危機を乗り切れ どうする!大借金 未来の世代にツケをのこさないために」が11月16日に放映されました。


田安徳川家の7男として生まれたあとに、白川藩の養子となります。天命の大飢饉の時の白川藩での対応が評価されて、田沼意次のあとを継いで老中首座となります。政策としては前任の田沼意次の重商主義ではなく分配を重視する傾向があり、幕府の財政再建などにも成果を上げて、寛政の改革と呼ばれました。白川藩では名君とされていすが、老中首座としての評価は分かれているようです。

2021年11月15日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #187「古代史ミステリー・国宝“金印”の真実」

日本歴史鑑定 #187「古代史ミステリー・国宝“金印”の真実」が11月15日に再放映されました。


眩いばかりに輝く黄金の印。 「漢委奴國王印(かんのわのなのこくおういん)」、通称「金印」の真贋を検証する内容でした。 文字の特徴やツマミの形など細かく解説されました。

2021年11月10日水曜日

歴史探偵「ハードボイルド!応仁の乱」

 歴史探偵「ハードボイルド!応仁の乱」が11月10日に放映されました。


応仁の乱までの経緯や人物に注目するのではなく、都の京都を荒らしまくった足軽について注目する内容でした。
足軽の戦闘の仕方や当時は報酬がなく略奪をやりたい放題であったことが紹介されました。
東陣の本陣「細川勝元邸跡」と西陣の本陣「山名宗全邸跡」が実は400mmほどしか離れていないことを今回初めて知りました。

英雄たちの選択 「この世をばわが世とぞ...? 〜藤原道長 平安最強の権力者の実像〜」

 英雄たちの選択 「この世をばわが世とぞ...? 〜藤原道長 平安最強の権力者の実像〜」が11月10日に再放映されました。


「此の世をば 我世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と読んだ藤原道長の栄達と晩年の苦しみを解説する内容でした。
直筆の日記でもある御堂関白記は国宝ですが、人物像としては従来のイメージとは違う心配りが出来る人物だったようです。

2021年11月9日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「田沼意次 逆転の発想 どうする!大借金 未来の世代にツケをのこさないために」

先人たちの底力 知恵泉「田沼意次 逆転の発想 どうする!大借金 未来の世代にツケをのこさないために」が11月9日に放映されました。

賄賂政治家が実は開明的であったとことを解説する内容でした。第9代将軍徳川家重と第10代家治の治世下で側用人と老中を兼任して幕政を主導しました。商業を発展させるなど改革も実践してアイデアのある人物であったようです。絶頂で起きた天明大飢饉が田沼の運命を暗転させました。

2021年11月8日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #285「家康を裏切った男?石川数正」

 にっぽん!歴史鑑定 #285「家康を裏切った男?石川数正」が11月8日に放映されました。

徳川家康の人質時代からの近侍で竹馬の友とも言える人物でした。桶狭間の戦いのあとに駿府の取り残されていた正室の築山殿と嫡男の信康を取り戻すという大役を果たします。信康の後見役にもなります。軍事面でも姉川の戦い、三方ヶ原の戦い、長篠の戦いに参陣して武功をあげています。
これほどの人物が小牧長久手の戦いのあとに徳川家を出奔してしまいます。徳川家の機密を知り尽くした懐刀を失った家康が秀吉に臣従するきっかけになったのではないでしょうか。
家康が臣従したあとは、徳川家の機密を握っているという希少価値が失われて晩年は不遇であったようです。



2021年11月3日水曜日

英雄たちの選択 「“悲劇”の会津藩主・松平容保〜公武合体に賭けた夢〜」

 英雄たちの選択 「“悲劇”の会津藩主・松平容保〜公武合体に賭けた夢〜」が11月3日に放映されました。


会津松平家に9代目として養子に入ることから人生が始まります。養父から会津藩家訓による武家の棟梁たる徳川家への絶対随順を教育されたことが後の行動指針となったようです。
28歳の時の文久2年(1862年)に京都守護職に就任し、その後の人生が大きく変わることになります。家臣からは「まるで薪を背負って火を救おうとするようなもの」と諫められましたが、
会津藩家訓も断り切れなかったようです。
京都守護職時代には孝明天皇から信頼を得ており
公武合体を推進していましたが、慶応2年(1866年)の2月に徳川家茂の病死と12月に孝明天皇の崩御から人生が暗転します。
慶応4年(1868年)の鳥羽伏見の戦いのあとには朝敵になり、会津戦争の悲劇となります。
鳥羽伏見の戦いとその後の大阪脱出の責任は、徳川慶喜にあるはずですが連座されることになりました。


会津藩家訓の第一条に「大君の義、一いっ心しん大切に忠勤を存すべく、列国の例をもって自ら拠るべからず。 若し二ふた心ごころ懐かば、則ち我が子孫にあらず、面々決して従うべからず」に縛られた人生だったのかと思います。

2021年11月2日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「古田織部 “数寄”を究めた その先に」

 先人たちの底力 知恵泉「古田織部 “数寄”を究めた その先に」が11月2日に放映されました。


古田織部の好き(数奇)を極めた人生を解説する内容でした。
武将として信長そのあと秀吉に仕えていますが使番として数多くの戦に出陣しています。関ケ原の合戦では茶道の弟子である佐竹義宣を中立を守らせるという非常な役割を果たしました。この恩賞で所領が1万石となり大名となっています。
茶人としては千利休の弟子として利休七哲に数えられています。千利休の切腹後は、秀吉の「数寄の和尚」(筆頭茶堂)となり第一人者となっています。徳川秀忠以下数多くの大名を弟子にしており、その一人が
佐竹義宣です。
古田織部と言えば、織部焼ですがあえて歪ませて同じものが一つもない世界観が織部の死後に失われたことは惜しいものです。
最期は豊臣方への内通の嫌疑で捕らわれて切腹なりましたが、弁明を全くしなかったそうです。

2021年11月1日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #284「渋沢栄一の従兄弟 尾高惇忠と富岡製糸場」

 にっぽん!歴史鑑定 #284「渋沢栄一の従兄弟 尾高惇忠と富岡製糸場」が11月1日に放映されました。


渋沢栄一の学問の師匠でありますが、若い日から学問塾を開くほどの人物でした。尊王攘夷思想を持って戊辰戦争の飯能戦争にも従軍しています。明治になってから政府に勤めて初代富岡製糸場の工場長となりますが、工場の建築や工女集めに奔走します。工女の教育も熱心で能力主義を取り入れた活気的な考えを持った人物だったのだと思います。富岡製糸場の累積赤字を繭の投機的売買で解消したエピソードは面白かったです。

2021年10月27日水曜日

英雄たちの選択 「闘う“復興請負人” 二宮金次郎」

英雄たちの選択 「闘う“復興請負人” 二宮金次郎」が10月27日に再放映されました。


幼き日に災害で家族が離散する苦労をしながら勉学に励み、藩のお抱えとして農村を復興していく姿を解説する内容でした。現在であれば農村の経営コンサルタントと呼ばれるであろう二宮金次郎の官僚との闘いを詳しく解説されました。幕閣になった選択は悔やまれます。

2021年10月26日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「日本の“バラエティー”を発信せよ! 永六輔」

 先人たちの底力 知恵泉「日本の“バラエティー”を発信せよ! 永六輔」が10月26日に再放映されました。


放送作家・作詞家などマルチな才能を発揮し、バラエティー番組「夢であいましょう」などで活躍した永六輔との知られざるエピソードを黒柳徹子さんが語ってくれました。 ご自身のことを作詞家と行ったことはないですが、「上を向いて歩こう」と「こんにちは赤ちゃん」など数々のヒット曲もあるので本当の意味での天才だったのではないでしょうか。

2021年10月25日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #283「藤原氏をつくった男 中臣鎌足」

 にっぽん!歴史鑑定 #283「藤原氏をつくった男 中臣鎌足」が10月25日に放映されました。



藤原家の始祖として乙巳の変で、後の天智天皇である中大兄皇子と一緒に蘇我入鹿を暗殺したことで有名です。
藤原家伝には伝説も沢山ありますが戦略に優れた人物であったようです。後の天武天皇(大海人皇子)と弘文天皇(大友
皇子)の両方に自分の娘を妃として嫁がせているので、壬申の乱の結果がどっちに転んでも藤原家は残ったのではないでしょうか。

2021年10月20日水曜日

歴史探偵「江戸城 3つの天守の秘密」

歴史探偵「江戸城 3つの天守の秘密」が10月20日に再放映されました。






関ヶ原合戦で天下を統一した家康が諸大名の命じて作らせた史上最強の城塞を作りました。天下泰平の時代に合わせて、秀忠・家光が江戸城の天守を立て直した理由に迫る内容でした。

家康・秀忠・家康の天守をそれぞれ建てられた時の元号から慶長天守・元和天守・寛永天守というようです。建て替えられた理由は親子の確執があったという憶測があるようですがそれはないようです。

英雄たちの選択 「追跡!古代ミステリー “顔”に隠された古代人のこころ」

 英雄たちの選択 「追跡!古代ミステリー “顔”に隠された古代人のこころ」が10月20日に放映されました。


魏志倭人伝の「男子無大小、皆黥面文身:男子は大小となく、皆鯨面文身す。」の顔面へのイレズミについて解説する内容でした。

2021年10月19日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「真打・折り紙・名刀・国宝の秘密 日本刀 猛(たけ)き心を満たせ!」

先人たちの底力 知恵泉「真打・折り紙・名刀・国宝の秘密 日本刀 猛(たけ)き心を満たせ!」が10月19日に再放映されました。


空前の刀ブームの中で、日本刀の成立の歴史を解説する内容でした。反りについての説明には感心しました。

2021年10月18日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #282「江戸の天才プランナー・平賀源内」

 にっぽん!歴史鑑定 #282「江戸の天才プランナー・平賀源内」が10月19日に放映されました。


江戸時代中頃の人物で。本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家、発明家とまさに天才の平賀源内の生涯を詳しく解説する内容でした。最期は淋しいものでした。

2021年10月13日水曜日

英雄たちの選択 「家康が夢見た“開国”」

英雄たちの選択 「家康が夢見た“開国”」が10月13日に放映されました。




徳川家康が鎖国ではなく開国を標榜していたことを紹介するエピソードでした。特に徳川家康の外交顧問として重用された三浦按針(ウィリアムズ・アダムス)の興味深かったです。関ヶ原の合戦の半年前に命からがら日本に漂着して以後、家康公が無くなるまで重用されたようです。最新技術を意図的に隠蔽するスペインと違って最新技術を日本に提供して信頼を得たようです。

歴史探偵「龍馬と綱吉の真実」

 歴史探偵「龍馬と綱吉の真実」が10月13日に放映されました。


最近の歴史の研究から評価が変わってきた2人を解説する内容でした。

2021年10月12日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「出雲阿国 新たな文化を創り出せ!」

 先人たちの底力 知恵泉「出雲阿国 新たな文化を創り出せ!」


現在の歌舞伎の元になったという「かぶき踊り」を創始したという伝説的な人物である。出雲阿国 を紹介する内容でした。

2021年10月11日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #191「戦国の女たち 春日局の生涯」

にっぽん!歴史鑑定 #191「戦国の女たち 春日局の生涯」が10月11日に放映されました。


朝廷との交渉にも全面に立つなど優れた政治家だったかと思います。嫡男である後の家光である竹千代を世継にするよう大御所の家康公に直訴したことも評価されていました。

謀反人の娘から平時子や北条政子と同じ従二位にまで昇叙した信じられないようなシンデレラストーリーでした。

2021年10月6日水曜日

歴史探偵「吉原遊郭」

歴史探偵「吉原遊郭」が10月6日に放映されました。



1日に1000両(1億円)もの大金が動いた吉原の成立の歴史を解説する内容でした。
最初の吉原は元吉原と呼ばれて、日本橋人形町にありました。葦の茂った湿地埋め立てて造成された土地に建てられたので葦原が転じて吉原と呼ばれるようになりました。

銭湯の台頭で苦しめられましたが、江戸の街が大きくなる過程で、明暦の大火も挟み移転を命じられることになり浅草日本堤に移転されて行きました。

英雄たちの選択「武田信玄 幻の西上作戦 〜対信長最終決戦〜」

 英雄たちの選択「武田信玄 幻の西上作戦 〜対信長最終決戦〜」

が10月6日に再放送されました。


英雄たちの選択「武田信玄 幻の西上作戦 〜対信長最終決戦〜」を見た人の感想(推測まとめ)

本稿は、NHK「英雄たちの選択」『武田信玄 幻の西上作戦 〜対信長最終決戦〜』を視聴した人が抱きそうな感想を、番組紹介文の要点(テーマ・問い・描き方)を手がかりに“推測”として整理したものです。番組は、信玄最晩年の「西上作戦」を「家康を討つのか?それとも信長を討つのか?」という選択のドラマとして掘り下げ、近年強調される“緻密な戦略家・信玄像”にも光を当てています。


1)視聴直後に多そうな第一声:「信玄=猛将だけじゃなかった」

まず多くの視聴者が抱きやすいのは、従来の「戦国最強の猛将」というイメージが、番組を通じて“更新”される驚きです。番組は、信玄像が近年「周到で緻密な戦略家」として浮き彫りになってきた、という視点を前提に組み立てています。
そのため視聴後は、「武力だけでなく、情報・補給・外交・タイミングまで読み切る“合理の人”だったのか」「“勝てる戦”の作り方が上手いタイプだったのかも」といった感想が出やすいでしょう。

特に、戦国ファンでも「信玄=強い・怖い・豪胆」という印象が先行しがちなため、番組が“緻密さ”を強調するほど、視聴者側には「思っていたより現代的」「戦略の発想がビジネスっぽい」という発見が生まれます。

2)最大の山場として語られやすいのは「三方ヶ原の衝撃」

番組紹介でも、西上作戦のハイライトとして、信玄軍が突如浜松城近くに現れ、三方ヶ原の戦いで家康軍に大打撃を与えたことが強調されています。
ここは視聴者の感情が一気に動く場面になりやすく、「強さの“質”が違う」「家康が恐怖したのも分かる」「局地戦の勝ち方がえげつない」といった反応が想像できます。

一方で、“勝っているのに決め切らない/滅ぼし切らない”展開が描かれるほど、「ここで家康を討っていたら歴史が変わったのに」「詰めなかったのはなぜ?」というモヤモヤも発生します。三方ヶ原は「勝った側の次の一手」が問われる象徴的な局面なので、視聴者の頭の中で“if”が回り始めるポイントでもあります。

3)視聴者の議論が割れやすい核心:「家康を討つ vs 信長を討つ」

番組が真正面から投げかける問いは、徳川領にとどまり家康を討つのか、それとも西へ向かい信長を討つのか、という最終判断です。
 視聴後の感想もこの二択に引っ張られ、「自分ならどっちを選ぶ?」という“参加型の面白さ”が強く残るはずです。

(A)「家康を討つべきだった」派の感想(推測)

この派閥の感想は直感的です。「目の前の最大成果を確定させるべき」「浜松城周辺まで来ているならトドメを刺して戦果を固定すべき」という“リスク管理”の発想になります。家康を残せば後背が不安定になり、補給線も脅かされ、長期戦で不利になる……という“現場の合理”に共感しやすい視聴者ほど、この結論に寄るでしょう。

また、家康を倒せれば、同盟網が崩れ、信長への圧力も増す可能性があるため、「順番としては家康→信長が自然」「まずは近い敵を消すのがセオリー」という納得感が生まれます。

(B)「信長を討つべきだった」派の感想(推測)

こちらは“戦略眼”重視です。「家康は“部品”で、システムの中枢は信長」「最大脅威の根源を叩かないと、次の家康が出てくる」という見方。信長という“政治・軍事の統合システム”を破壊しない限り、局地の勝利は最終的に吸収される——そう考える視聴者は、「西上作戦の目的は信長」「最終決戦は信長とやる以外ない」という結論に寄りがちです。

番組が「対信長最終決戦」という副題を掲げていることもあり、視聴者は自然と「信玄の真の狙いは信長だったのでは」という読みを強めるでしょう。

4)「幻の西上作戦」という言葉が刺さる理由:ロマンと未完の悲劇

視聴者の感想で確実に多いのは、結局この作戦が“幻”で終わったことへの切なさです。番組は「死の直前」「最晩年」「最高傑作」といったニュアンスで西上作戦を扱っています。
そのため、見終わった後に残るのは「あと少し寿命があれば…」「運命がひっくり返る寸前だったのでは」という、歴史番組ならではの“やるせなさ”です。

さらに、信玄が「何を見ていたのか」「どこまで計算していたのか」を推理する楽しさがある一方で、史料の限界も感じるため、「分からない部分があるからこそ想像が膨らむ」「結論を断定しないのが逆に良い」という感想も出やすいでしょう。

5)“大阪杯は前有利”みたいな話に近い?:視聴者が感じる「地形・条件ゲー」

戦国の戦を扱う番組を見た人がよく口にするのが、「強い弱い以前に、地形・季節・兵站で勝負が決まる」という感覚です。この回でも、信玄軍が“怒涛の快進撃”で西へ向かいながら、突如浜松周辺に現れるという機動が語られます。
ここから視聴者は、「戦国の勝敗は“条件設計”のゲーム」「勝てる盤面を作ってから殴るのが信玄」といった見方をしやすくなります。

つまり感想としては、「戦場は将の気合いではなく、準備と段取り」「戦国最強って、腕力じゃなくて“勝ち筋の設計力”なんだな」という“現代にも通じる学び”が残りやすい、ということです。

6)家康ファンの感想は複雑:「勝ち残る男の怖さ」

三方ヶ原は家康にとって屈指の危機として語られがちで、視聴者の中に家康ファンがいれば、感想はかなり複雑になります。「ここで終わっていた可能性が高い」「人間としての限界を見たはず」といった“恐怖の追体験”がまずあり、そのうえで「それでも家康が生き残り、最終的に天下を取る」という史実が、逆に家康の異様さを際立たせます。

そのため、「信玄が怖い回だと思ったら、最後は家康が怖くなる」「敗北から学び続ける執念がすごい」といった感想が出るのも自然です。番組が提示する“選択”のテーマは、信玄だけでなく家康の側にも投影されやすいからです。

7)信長ファンの感想:「信玄が来たら、信長はどう動いた?」

タイトルが“対信長最終決戦”を掲げる以上、信長ファンは「信玄が本当に西へ来たら、信長はどんな手で受けるのか」を考えずにはいられません。
 感想としては、「信長は外交で分断するか、決戦を避けて消耗戦に持ち込むか」「鉄砲・城・補給で信玄を削るのでは」など、“信長の選択”を妄想する方向に伸びやすいでしょう。

また、信長は“新しい戦”の象徴として語られがちなので、「信玄の緻密さ vs 信長の革新性」という構図で、視聴後に一段深い比較論へ進む人も多いはずです。

8)番組全体の見後感(推測):歴史というより「意思決定」の教材

「英雄たちの選択」シリーズの特長は、英雄を神格化するのではなく、不確実性の中での選択を現代の視点で考えさせる点にあります。この回もまさに「家康を討つか」「信長を討つか」という意思決定の問いが中心に置かれています。

そのため視聴者の感想は、歴史知識の増加だけでなく、「目の前の成果を確定させるべきか/より大きな目的のためにリスクを取るべきか」という、仕事や人生に通じるテーマへ接続しやすいでしょう。結果として、見終わった後に残るのは、単なる“武田信玄スゲー”ではなく、

  • 勝てる局面でも「最適解」は一つではない
  • 短期の確実性と長期の合理性は衝突する
  • 英雄の意思決定は、運と制約に縛られている

といった、少し苦い学びです。

9)視聴者が感じやすいモヤモヤ:「結局、答えは出ないのが歴史」

この回の感想で最後に残りやすいのは、“結論が一枚岩にならない”心地よいモヤモヤです。番組は西上作戦を「徹底分析」しつつも、最終的には「信玄の選択に迫る」という形で視聴者へボールを投げ返します。

だからこそ、「断定しないのが良かった」「視聴後に調べたくなる」「自分の中で仮説が育つ」といった感想が生まれます。一方で、スッキリした答えを求める視聴者には「もう少し決め打ちしてほしかった」「推測が多い」と感じる人もいるでしょう。この“賛否”こそ、歴史番組が成立する醍醐味でもあります。


10)まとめ:この回を見た人の感想は「戦国」より「選択」の記憶として残る

総じて、視聴者の感想は次の3層に分かれると推測できます。

  1. 戦国ロマン層:「幻」で終わったことへの切なさ、「あと少しで歴史が変わった」感
  2. 戦略・軍事層:「前有利の条件設計」=兵站・地形・タイミングの勝ち筋に痺れる
  3. 意思決定・教養層:「短期の確実性 vs 長期の合理性」という普遍テーマに刺さる

“武田信玄”という大きな看板を見に来た人が、最終的には「自分ならどっちを選ぶか?」という問いを持ち帰る——それが、この回の最も多い見後感ではないでしょうか。

2021年10月5日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「福祉の世界に新たな風を!小倉昌男」

 先人たちの底力 知恵泉「福祉の世界に新たな風を!小倉昌男」が10月5日に再放映されました。

経営から退いた小倉昌男が、福祉と経営を両立する試みを解説する内容でした。

2021年10月4日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #281「100年前のパンデミック!スペイン風邪の恐怖」

英雄たちの選択 「100年前のパンデミック〜“スペイン風邪”の教訓〜」が2月3日に再放映されました。



100年前のスペイン風邪における日本の取り組みなどを解説する内容でした。医学会を二分したワクチン論争など興味深かったです。

2021年9月29日水曜日

歴史探偵「写楽 大江戸ミステリー」

歴史探偵「写楽 大江戸ミステリー」が9月28日に放映されました。


謎の浮世絵師・東洲斎写楽の正体は斎藤十郎兵説を解説する内容でした。

英雄たちの選択「森羅万象に挑んだ絵師 画狂・葛飾北斎」

英雄たちの選択「森羅万象に挑んだ絵師 画狂・葛飾北斎」 が9月29日に放映されました。


「この千年年で偉大な業績をあげた100人」に日本人で唯一選ばれた葛飾北斎が
西洋に与えた衝撃についての内容でした。

正直言って、丸パクリされた作品の多さに驚きました。
本当に偉大な人物だと思います。