2018年4月30日月曜日
2018年4月28日土曜日
諸説あり #43「黒船来航の真実」
ペリーとの交渉を実質仕切った林復斎(はやしふくさい)の有能ぶりなどが印象に残りました。横浜村応接所での饗応料理の宴については贅を尽くされたようですが黒船艦隊の将兵の口には合わなかったようです。
2018年4月26日木曜日
英雄たちの選択 選「家康、生涯最悪の決断~“信康事件”の真相に迫る!~」
大河ドラマの葵三代で津川雅彦さん演じる徳川家康も嘆くシーンが思い出されます。
2018年4月25日水曜日
2018年4月24日火曜日
2018年4月23日月曜日
にっぽん!歴史鑑定 #31「阿部定は悪女だったのか?」
にっぽん!歴史鑑定 #31「阿部定は悪女だったのか?」
が1月23日に再放送されました。
BS番組「にっぽん!歴史鑑定」で放送された「阿部定は悪女だったのか」は、多くの視聴者に強烈な印象を残した回だった。昭和史の中でも特に有名な猟奇事件として知られる“阿部定事件”を扱った内容であり、放送後には「単なる殺人事件ではなかった」「時代背景を初めて理解した」「想像以上に切なかった」といった感想が多数見られた。
阿部定事件は1936年(昭和11年)に発生した事件であり、愛人関係にあった男性を絞殺し、その局部を切断して持ち歩いたという衝撃的な内容で知られている。そのインパクトから長年にわたり“昭和最大の猟奇事件”と呼ばれてきた。しかし今回の番組では、単なるセンセーショナルな事件としてではなく、「阿部定とは何者だったのか」「本当に悪女だったのか」という視点から丁寧に掘り下げていた点が特徴的だった。
「思ったより悲しい話だった」という感想が多かった
番組を見た人の感想として特に多かったと推測されるのが、「怖い事件だと思っていたのに、実際は悲しい話だった」という反応である。
事件名だけを知っている人にとって、阿部定は“狂気の女”“異常な悪女”というイメージが強い。しかし番組では、幼少期からの家庭環境、芸者時代の苦労、男性社会の中で翻弄されてきた人生なども紹介されていた。
そのため視聴者の中には、
- 「時代に潰された女性だったのでは?」
- 「今の価値観だけで裁けない気がする」
- 「孤独と執着の人生だった」
と感じた人も少なくなかったと思われる。
昭和初期という時代は、女性の自由が今よりはるかに制限されていた。経済的にも社会的にも男性へ依存せざるを得ない状況があり、女性が生きる選択肢は非常に狭かった。番組では、そうした時代背景を丁寧に描いていたため、「単なる異常者」として片づけられない複雑さを感じた視聴者も多かっただろう。
「メディアが怪物を作ったのでは?」という視点
今回の放送で印象的だったのは、事件そのものだけではなく、当時の新聞報道や世間の熱狂についても取り上げていた点である。
阿部定事件は当時、連日新聞の一面を飾り、日本中が大騒ぎとなった。まだ戦前でありながら、芸能スキャンダルのように事件が消費され、人々は「阿部定」という存在に異様な興味を示した。
番組を見た視聴者の中には、
- 「今の週刊誌報道と変わらない」
- 「マスコミが伝説化した事件だったんだな」
- 「社会全体が阿部定を“怪物”として見たかったのかもしれない」
と感じた人も多かったのではないだろうか。
実際、阿部定事件は“猟奇”という言葉とセットで語られることが非常に多い。しかし番組では、「なぜ人々がそこまで熱狂したのか」という“受け手側”にも焦点を当てていた。
つまり、事件そのものだけでなく、時代の空気や大衆心理もまた、この事件を巨大化させた要因だったという見方である。
「愛なのか執着なのか」で感想が分かれた
阿部定事件を語る上で避けて通れないのが、「これは愛だったのか、それとも異常な執着だったのか」という問題である。
番組内でも、阿部定が「好きだから殺した」という趣旨の供述を残していたことが紹介されていたが、この点については視聴者の間でも意見が分かれたと考えられる。
ある人は、
- 「愛情が極端な形で暴走した事件」
- 「精神的依存が強すぎた」
- 「愛というより所有欲だった」
と受け止めただろう。
一方で、
- 「純愛として美化するのは危険」
- 「結局は殺人事件であることを忘れてはいけない」
- 「ロマン化しすぎる風潮に違和感がある」
という冷静な感想を持った人も少なくなかったはずだ。
実際、この事件は映画や小説などで何度も作品化されており、“究極の愛”のように描かれるケースもある。しかし番組では、その美化されたイメージだけでなく、事件の残酷さや異常性についてもバランスよく扱っていた印象がある。
「昭和初期の空気感がリアルだった」という声
歴史番組としての完成度について評価する視聴者も多かったと思われる。
特に、
- 戦前の東京の街並み
- 芸者文化
- 当時の男女関係
- 新聞報道の熱狂
- 昭和初期の社会不安
などがリアルに描かれており、「単なる犯罪番組ではなく昭和史として興味深かった」という感想につながった可能性が高い。
1936年は二・二六事件が起きた年でもあり、日本社会全体が不安定化していた時代だった。軍部の台頭、言論統制、社会不安など、重苦しい空気が漂う中で、人々は阿部定事件のような刺激的な話題へ異様な熱狂を見せた。
視聴者の中には、
- 「時代そのものが狂気だった気がする」
- 「社会不安が事件への熱狂を生んだのでは?」
- 「現代社会とも重なる部分がある」
と感じた人もいたのではないだろうか。
「現代ならSNSで大炎上していた」という感想も
番組を見ながら、現代社会との共通点を感じた人も多かったはずである。
もし阿部定事件が現代で起きていたなら、SNSやネットニュースで爆発的に拡散され、連日ワイドショーが取り上げていた可能性は高い。
そのため、
- 「現代ならネットリンチ状態になりそう」
- 「炎上文化と本質は変わっていない」
- 「人間は昔からスキャンダルが好きなんだな」
という感想を抱いた視聴者も少なくなかっただろう。
また、“異常な女性”として消費される構図そのものに違和感を覚えた人もいたと思われる。
現代ではジェンダー視点から歴史を見直す動きも強くなっているため、「男性中心社会の犠牲者だったのでは」という見方も以前より広がっている。
「阿部定は悪女だったのか?」への答えは簡単ではない
番組タイトルそのものが問いかけになっていたように、「阿部定は悪女だったのか」というテーマに明確な答えを出すのは難しい。
もちろん、人を殺害したという事実は極めて重大であり、決して許される行為ではない。しかし一方で、彼女の人生や時代背景を知ることで、単純に“怪物”とも言い切れない複雑さが浮かび上がってくる。
番組を見た人の多くは、おそらく、
- 「単純な善悪では語れない」
- 「昭和史の闇を感じた」
- 「人間の孤独や執着の怖さを考えさせられた」
という感想を抱いたのではないだろうか。
また、歴史上の有名事件をただ消費するのではなく、「なぜ人々はこの事件に惹きつけられ続けるのか」を考えさせる内容だった点も、この番組の大きな特徴だった。
まとめ
「にっぽん!歴史鑑定▼阿部定は悪女だったのか」は、単なる猟奇事件特集ではなく、昭和という時代、人間の欲望、社会の空気感まで深く掘り下げた内容だった。
阿部定事件は長年、“昭和最大の猟奇事件”として語られてきたが、番組を通じて「本当にそれだけだったのか?」と考え直した視聴者も多かったはずである。
愛情と執着、孤独と依存、メディアと大衆心理――。この事件が今なお語り継がれる理由は、単なる異常犯罪ではなく、人間社会そのものの危うさを映し出しているからなのかもしれない。
だからこそ視聴者は、恐怖だけでなく、どこかやるせない感情を抱きながら番組を見終えたのではないだろうか。
2018年4月21日土曜日
諸説あり #29(再)「最後の将軍 徳川慶喜」
徳川慶喜の人となりを詳しく説明していました。
個人的には、慶喜公が不平士族の担ぎ上げられられなかったことが、
日本の近代化の為に重要であったと考えます。
2018年4月19日木曜日
英雄たちの選択 「幕末秘録・琉球黒船事件 調所広郷 命をかけた秘策」
が4月19日に放映されました。
幕末の薩摩藩で500万両の借金を踏み倒すなどして藩財政を立て直した人物です。
討幕は薩摩の軍事力の負うところが大きかったですが、その財力は調所広郷のよる功績です。現代にも通用する実行力のある人物であったようです。
2018年4月18日水曜日
歴史秘話ヒストリア 第306回「家康 大航海時代に出会う! イギリスの侍 按針の大冒険」
徳川家康の外交顧問として重用された三浦按針(ウィリアムズ・アダムス)の話でした。
関ヶ原の合戦の半年前に命からがら日本に漂着して以後、家康公が無くなるまで重用されたようです。最新技術を意図的に隠蔽するスペインと違って最新技術を日本に提供して信頼を得たようです。
2018年4月17日火曜日
ブラタモリ #37 京都・伏見 ~伏見は“日本の首都”だった!?~
が4月17日に再放送されました。
安土桃山時代の桃山が伏見を指しているとのことで、豊臣政権において伏見がどのような役割をしていたかの回でした。
先人たちの底力 知恵泉 「名君なれど名君ならず 徳川綱吉 部下の目線に気付け!」
が4月17日に放映されました。
治世の前半が善政であったという前回から犬公方と蔑まれてしまうことになってしまうことになる転換点を探る内容でした。
自らが大老に任じた堀田正俊が刺殺されるという事件から老中と距離を取るようになり、
側用人を重用するようなった頃から生類憐みの令など後世に悪政とされる政治を次々にやるようになったようです。側近を重用しすぎると忖度が横行するようです。
近代の研究では徳川綱吉は低すぎるとされているようです。
2018年4月16日月曜日
2018年4月14日土曜日
2018年4月12日木曜日
2018年4月11日水曜日
歴史秘話ヒストリア 第305回「心そろえて生き抜いてこそ 島津義弘・奇跡の敵中突破」
が4月11日に放映されました。
有名な「島津の退き口」の話でした。関ヶ原を退却したあとの道中の苦労さなど説明されていました。
2018年4月10日火曜日
先人たちの底力 知恵泉「名君なれど名君ならず 徳川綱吉“恐れず”に行動せよ!」
が4月10日に放映されました。
一般的に暗君とされる徳川綱吉の治世の前半は、天和の治と呼ばれ善政であったという回でした。
2018年4月9日月曜日
にっぽん!歴史鑑定 #155「徳川埋蔵金と小栗上野介」
徳川埋蔵金についてはかなり諸説あります。
小栗上野介は評価は不当に貶められているようですが知れば知るほど失うのが早すぎた人物であったと思います。
2018年4月5日木曜日
2018年4月4日水曜日
歴史秘話ヒストリア 第304回「発見 蘇我入鹿の棺(ひつぎ) よみがえる“大化改新”」
が4月4日に放映されました。
歴史は勝者が勝者が作るの法則で、蘇我氏が評価が低いことの説明がなされました。
古代の日本を渡来人の技術をいち早く取り入れて台頭するも乙巳の変の時に、
渡来人の秦氏の離反により蘇我蝦夷が自害したのは初めて知りました。
2018年4月3日火曜日
先人たちの底力 知恵泉「“鬼平”長谷川平蔵 無理難題に挑む」
が4月3日に放映されました。
二代目中村吉右衛門さん演じる鬼平犯科帳のイメージが強いですが、
若い時は放蕩をしたり晩年は出世できないことを嘆いて酒で健康を害すなどのエピソードが紹介されました。
江戸の石川島(現・東京都中央区佃二丁目付近)に、軽犯罪者や浮浪者を収容し、更生と技術習得を促す人足寄場を作ったのは功績だと思います。
墓は、新宿の戒行寺にあります。
2018年4月2日月曜日
にっぽん!歴史鑑定 #154「信長と謙信 どちらが強かった」
が4月2日に放映されました。
生涯で70戦以上の戦に出陣し負けは2敗のみという上杉謙信に対して、
織田信長は命の危機に陥ることもあったので戦場では上杉謙信の方が強かったかと思います。上杉軍が織田軍を破った手取川の合戦の石碑には、「上杉に遭うては織田も名取川(手取川)はねる謙信逃ぐるとぶ長(信長)」と記されています。





