2017年11月8日水曜日

ブラタモリ #75 名古屋 ~尾張名古屋は 家康でもつ?~

ブラタモリ #75 名古屋 ~尾張名古屋は 家康でもつ?~
が11月8日に再放映されました。



愛知県といえば、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康という戦国の出身地というのは以前から意識していましたが、現在の名古屋の「町」と「城」は、関が原の合戦のあとに、
徳川家康が一からつくりあげたものというのは知りませんでした。
名古屋の城下町は、碁盤のように正方形の区画がずらりと並んでいますが、
これも家康の仕掛けで秀吉の大阪の城下との違いの説明が面白かったです。

2017年11月7日火曜日

先人たちの底力 知恵泉「“ガラスの天井”に挑んだ戦国女性たち おね」

先人たちの底力 知恵泉「“ガラスの天井”に挑んだ戦国女性たち おね」が
11月7日に放映されました。

      


個人的には大河ドラマの「おんな対抗機」の時の佐久間良子さんが一番印象が強いです。
糟糠の妻」の代名詞のような人物で基本的に大女優と呼ばれる人しか演じない
暗黙の了解のようなものがあります。

本来であれば摂政・関白の正室の称号であった「北の政所」も彼女以降は、
彼女を示す固有名詞になってしまったことからも存在の大きさが伺えます。
秀吉死後の彼女の行動次第では関が原の合戦もなく、
徳川の世にはなっていなかったのでは思ってしまいます。

2017年11月6日月曜日

にっぽん!歴史鑑定 #134「吉本興業創業者・吉本せいの真実」

にっぽん!歴史鑑定 #134「吉本興業創業者・吉本せいの真実」
が11月6日に放映されました。

10月から朝ドラで放映中の「わろてんか」のヒロインてんさんのモデル
である吉本せいさんの話です。

実際の話とドラマの違いもありますが、22歳の時に寄席の経営を始めてからの
経営手腕はやはり素晴らしいです。

但し芸人さんを引き抜いて、その後に引き抜いた寄席を買収してしまうのは
今の時代では批判されて出来ないのではと思いました。


2017年11月3日金曜日

歴史秘話ヒストリア 「沖ノ島~日本 はじまりの物語~」

歴史秘話ヒストリア 「沖ノ島~日本 はじまりの物語~」が11月3日に放映されました。


今年の7月に世界遺産に登録された沖ノ島の話でした。
宿る島として古代祭祀の変遷が手付かずで残っているのは初めてしました。

発掘されたもので邪馬台国のことを示すものが見つかればいいと思いました。

2017年11月2日木曜日

片岡愛之助の解明!歴史捜査 #40 幕末英雄伝説!風雲児・高杉晋作と奇兵隊の真実に迫る!

片岡愛之助の解明!歴史捜査 幕末英雄伝説!風雲児・高杉晋作と奇兵隊の真実に迫る!
が11月2日に放映されました。


諸隊を率いて、長州藩の実権を幕府に恭順しようとする“俗論派”から
外国勢力を排除し改革を推し進める“正義派”に取り戻し、
第二次長州征討では幕府軍15万VS長州軍4千!の劣勢を跳ね返して勝利する。

高杉晋作の型破りな存在の話でした。
身分を問わず創設された奇襲戦闘集団“奇兵隊“の散兵戦術の説明の話でした。

英雄たちの選択・選「悲劇のキリシタン弾圧~大人になった天正遣欧使節の決断~」

英雄たちの選択・選「悲劇のキリシタン弾圧~大人になった天正遣欧使節の決断~」
が11月2日の放映されました。

        


天正遣欧使節は、1582年に九州のキリシタン大名である
大友宗麟、大村純忠、有馬晴信らの名代としてロ―マへ渡った4人の少年達の事です。

8年5ヶ月後に日本に戻って来たときには、キリスト教をとりまく環境は
大きく変わっており、その後の彼らに起きた悲劇の話でした。

日本を出港したのは、本能寺の変の直前でしたがキリスト教に理解のあった織田信長は
本能寺の変で命を落としました。その後を継いだ豊臣秀吉・徳川家康はキリスト教を禁じてしまいました。徳川幕府のキリスト教の弾圧はすざましく明治になるまで続きました。

伊藤マンショ・千々石ミゲル・中浦ジュリアン・原マルティノの4人のその後ですが、
千々石ミゲルは棄教しますが、伊藤マンショと原マルティノは追放先の長崎とマカオで死去します。一番悲劇的であったのは中浦ジュリアンで地下潜伏を20数年間続けて、
最期は穴吊るしの刑になり殉教しました。

殉教から374年後の2007年にローマ法王のベネディクト16世によって福者に列せられました。


2017年11月1日水曜日

尾上松也の謎解き歴史ミステリー 第27回 なぜ平清盛は頂点に昇りつめたのか?

尾上松也の謎解き歴史ミステリー 第27回 なぜ平清盛は頂点に昇りつめたのか?
が11月1日に放映されました。

成り上がりの暴君・傲慢な性格の持ち主だというイメージが強いですが、
日宋貿易に見られるような財政基盤の開拓、宋銭を日本国内で流通させ通貨経済の基礎を築き、経が島築造に見られる公共事業の推進、時代の矛盾に行き詰まりつつあった貴族政治を打ち破り、(貴族的要素が強いとは言え)日本初の武家政権を打ち立てるなど、
優れた功績も多く残しています。
中途で失敗に終わってしまったとはいえ、福原(今の神戸)に目をつけ、交易を通じて第二の都として発展させようとしたことから、先見性も高かったと思います。

最低限平氏にあらずんば人にあらず」と言ったのは清盛ではなく、
妻の弟である平時忠であったという事実くらいは皆に知ってもらいたいです。

視聴率はさっぱりですが、2012年の大河ドラマの「平清盛」では実際の清盛像を
描きたがったのではないでしょうか。