岡山出身の磯田先生が吉備真備ゆかりの真備町が水害で有名になってしまって悔しいというくらいの古代のスーパースターであるそうです。
遣唐使として20年近く唐に渡って多くのことを学んで日本に帰国。囲碁や琴を日本に伝えカタカナを発明したとも言われます。帰国後に順調にキャリアを積み上げていったが56歳の時に藤原仲麻呂に左遷されてしまいます。
70歳の時に都に戻った吉備真備は藤原仲麻呂の乱では討伐軍の作戦参謀として中国から持ち帰った複合弓を用いて仲麻呂軍を討伐します。
その後72歳で右大臣に任じられて81歳になくなるでに5代の天皇を仕えたそうです。
左遷されても引退せずに任務を全うすること出来たことが人から信頼されて天寿を全うした英雄と言ってもいい人物かと思います。
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